京都の異界を歩く

ちょっと変わった京都の探訪記です

鳥辺野への道を歩く(その2)〜京都の葬送地~

〜 鳥辺野への道を歩く(その1)からの続き 〜


松原通を東へ

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また松原通に戻ると、すぐに不思議茶屋バラライカの看板。これは何でしょうか。謎です。



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不思議茶屋バラライカ(その2)。正式名称は北向地蔵路地です。入ってみると、一番奥に北を向いたお地蔵さんが鎮座していました。



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不思議茶屋バラライカ(その3)。ここにも弓矢町と書かれた看板がありました。



なお、弓矢町と名付けられる前は、坂町という名前だったことが分かっています。

"坂の者"と呼ばれた非人の集住地だったからです。町ではなく"坂"に住む者たち。

町と山の境界に位置する坂はまさに異界。常民の住む場所ではありませんでした。

さらに、彼らは "清水坂非人" とも呼ばれ、清水寺の管理下に置かれていました。


六道の辻

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さらに西へ歩くと「六道の辻」の石柱。実はここから六道珍皇寺にかけてが「六道の辻」でした。

この世とあの世の境い目で、地獄道や餓鬼道などの六道のどこに行くかが、ここで選別されます。



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では西福寺にお参りしましょう。



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西福寺(その2)。空海の創建と伝わる由緒ある古刹です。


六波羅蜜寺へ寄り道

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西福寺の隣には六波羅蜜寺平清盛像が安置されてます。有名なお寺で観光客も多い。



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六波羅蜜寺(その2)。この地に、平安時代は平家の屋敷があり、また鎌倉時代六波羅探題がありました。

何度も何度も戦乱に襲われた場所で、血生臭い歴史を秘めた"魔界"と言えるでしょう。六道の辻に相応しい。



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六波羅蜜寺(その3)。ここには空也上人像が安置されています。口から六体の阿弥陀仏を吐き出している姿は有名ですよね。

パッと見ると何とも不気味な姿です。でも実は有難いお姿と言えます。


幽霊子育て飴

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六道の辻には、有名な「幽霊子育て飴」のお店があります。



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幽霊子育て飴(その2)。幽霊が赤子に飴を与えるために、夜な夜な買いに来た、という伝説。そんな話が生まれるほど、この地は幽霊と繋がり深いと言えます。


次々と現れる路地

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また松原通に戻って東へ進みましょう。



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西轆轤町と書かれた箱?を発見しました。この辺りは轆轤(ろくろ)町と呼ばれています。

昔は髑髏(どくろ)町だったのですが、江戸時代に轆轤町(ろくろ)に改名されたらしい。

"葬送地"鳥辺野へ死体を運ぶルートで、既にこの地にも髑髏がゴロゴロ散乱していたから、との事。



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次々と路地が現れます。京都は必ず標識を出すのでしょうか。ここは松月小路。何とも風雅な路地名ですね。



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笑い路地。ここは何なのでしょう?



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ハッピー六原。もちろん六波羅から取ったのでしょう。六つの波羅蜜という意味。



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ろくろ小路。やはり轆轤町ですね。


小野篁閻魔大王を祀る六道珍皇寺

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六道珍皇寺に到着。延暦年間創建と伝わる古刹です。
ここにも「六道の辻」の大きな石碑がありました。

中に入ってみましょう。



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六道珍皇寺(その2)。入るとすぐ右側に閻魔堂。ここに小野篁閻魔大王が祀られています。



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六道珍皇寺(その3)。まずは小野篁(おののたかむら)。現世と冥界を行き来して、閻魔大王を補佐した冥官です。



ところで小野篁像は、僕の知る限り京都では三体あり、これはそのうちの一つ。
(他は、蓮台野の千本閻魔堂と、嵯峨野の薬師寺。どれも葬送ルートに該当します)



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六道珍皇寺(その4)。こちらは閻魔大王。言わずと知れた冥界の支配者です。



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六道珍皇寺(その5)。本堂です。ここは京都のお盆の風物詩の「六道参り」で有名。

先祖の精霊を迎えに行く行事で、祇園祭と大文字の間は、ここに列が続くらしい。



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六道珍皇寺(その6)。最近発見された「黄泉がえりの井戸」。真ん中奥に蓋だけ見えています。小野篁がここから"黄泉の国"に通っていたらしい。


また松原通を東へ

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松原通に戻りましょう。


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またまたお地蔵さん。



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右側には力餅食堂。かなり有名らしい。人が並んでいました。


東大路通を越える

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東大路通に到着。昔は東山通と言ってましたけどね。
さすがかつて市電が走っていただけあって幅が広い。

そのまま横断して、松原通を進んでいきましょう。



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すぐにお地蔵さん。


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そして石柱。おそらく道標だと思われます。



この辺りから先が清水4丁目で、神護寺がどこかにあったらしい。
今はもう無くなりましたが、神護寺も癩者の救済施設だったようです。
この先の子安塔跡も含めて、まさに松原通は"癩者救済の道"でした。



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左側に日體寺。江戸中期創建という日蓮宗のお寺です。



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日體寺(その2)。中は入れなかったので門前から撮影。


八坂塔へ寄り道

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少し寄り道をして八坂塔の方へ行ってみましょう。


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道の上に橋が掛かっています。大正11年に造られたという古い鉄筋コンクリート橋らしい。



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そこに大漸寺というお寺がありました。やはり江戸時代の創建という古刹です。



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轟川に到着しました。右側の錆びた門扉のある所を、右から左へ横断しています。



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轟川(その2)。右側を望む。マンホールからかなりの水音が聞こえたので、相当な流量なのでしょう。



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轟川(その3)。今度は左側。いつか"轟川を歩く"を実行してみたい。



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八坂の塔に到着。この辺りが一番京都らしいかもしれませんね。



「五重の塔」と「石畳の道」といえば、高石友也「街」という歌を思い出します。70年代の京都の学生生活を歌った名曲です。



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すぐ左側に、八坂庚申堂。今やインスタでブームになってしまいました。



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その向かい側に、下河原通。この道沿いに、轟川と菊渓川の河原があったから名付けられたらしい。菊溪川の河原には菊達菊が咲き乱れていた、とのこと。



ところで、この道を北上すると八坂神社の楼門に着きます。一般的には四条通の突き当たりの楼門が有名ですが、実はこちらの楼門こそ正面玄関でした。


また松原通を東へ

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松原通に戻ってきました。観光客も増えてきました。



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旅館東山荘の横に立派な蔵がありました。明治か大正期でしょうか。



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旅館東山荘の隣はホテル青龍の入口。かつて清水小学校だった建物をリノベーションしたレトロモダン ホテルです。ルーフトップバーが人気らしい。



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ちょっと進むと右側に西光寺の入口。空也上人ゆかりの古刹らしい。
入口は狭いけど、この奥に広い駐車場があり、意外と静かな場所です。


五条坂との三叉路に到着

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観光バス用の巨大駐車場に到着しました。トイレもあります。
一般的な観光客は、ここから歩くのが普通なのでしょうね。



〜 鳥辺野への道を歩く(その3)へ続く 〜